2016年10月4日火曜日

大大叔父編その弐

先日
山口大学へ段ボール箱に詰めた
資料を送りました

その後 御礼の電話をいただき
貴重な資料 また今では入手不可能な品々を
ありがとうございましたと
御丁寧なる感謝の言葉を
頂戴しました

大叔父編その壱

同時に別の大叔父の
戦時中の極秘扱いの資料(海軍の航空隊所属だった)を譲渡したいと考え
さて これはどこへ送れば良いかと思案
そこで
海上◯衛隊へ連絡をとる

とりあえず どのようなものか教えて欲しいとのこと

こんなモノです
当時の週刊誌でもイケイケな話題ばかりです


零戦の格納庫の青写真
どうも藤枝航空基地にいたようです
鹿児島の基地にもいたようで
特攻の予定もあったんだろうか



一部個人情報につきモザイク入れています

大叔父から戦時中の話は一切聞いていませんが
大叔父の手帳や記事 軍の日誌を見るだけで言葉にならず想像を絶っします

しかしなぜ大叔父がこれを持ち帰ったのか
これも今では分からず終い
先代も本人も土蔵へしまい込んだまま・・・
土蔵の中はゆっくりと時間が過ぎていきました

この他いろいろ写真をメールにて送りましたが

あれから一週間

なしのツブテ
そりゃそうか
考えてみればこんなものは既に展示されてるだろうな
もしくはここもお役所みたいなもの
案外 怪しいメールと
ゴミ箱行きかもネ

不謹慎ではあるが
古書専門店の方がお金になるか ガハハ

その他の不要な先祖の資料や写真が
段ボール箱3つ
機密扱いでお役所に溶かしていただきました
約500円ちょい

この世から抹消されました
少し寂しいです(涙)

2016年9月28日水曜日

大大叔父編その1

曾祖父の弟 池田亨

幼少の頃(尋常小学校)から亡くなる前までの
記録と証が土蔵から出て参りました

戦前 昭和19年に若くして亡くなったのですが
中でも高専(今の大学)時代と職に就いてから(東京、門司、高知、
神戸)のモノが多数残っております

大大叔父は広島一中から一浪(予備校なのか?正則学園とあった)後
旧制 山口高等専門学校
現在の山口大学へと進学しております

その時代の資料をどうしたものかと思案し

山口大学へ相談

ぜひ大学で保管したいとの返事に
慶んで送付することになりました



まとめたつもりですが
まだ少しどこかにあったかもしれません

我が家の資料としてこのまま残すのも可能ですが今後は限界が来そうです

消却処分も忍びないので
寄贈することにいたしました

大事に保管されることを
願っております


2016年9月23日金曜日

解体編・・・その弐

水曜日 嫁ぐ日に
定刻どおり皆々集合

さてその前のストーリーですが


荷物 家具を運び終えたあとはポツンと
なにやらハイカラな物入れが

天井には見事な梁が堂々と


上画像が見学に来られた際の様子
ここに太陽の光が差し込むのは
何年ぶりなんだろうか

そして嫁入りの日まで
某所にて保管され


前のトラックに鎮座
さて我が家を出発


約30分で到着


右2本が1本を切断したものです


ん〜〜〜こうして見ると少し名残惜しいなあ

アクシデントで最後まで見届けれなかったのではありますが
こうして嫁入りの地へ そしてさらに姿を変えて予定では一部
関西へさらに嫁入りとか

ブログのお陰でこのように存在自体が記録と記憶とモノとして残ります

大切にしてもらいなよ


ではまた

2016年9月21日水曜日

解体&改装&建築編その壱

実は今

自宅減築と修繕と戸建の
トリプル改装をしております

築100年以上であろう土蔵(解体)と
築50年以上のかつての私の部屋(その後倉庫に)解体
築年数不明の移築された納屋 半分に減築のうえ修繕

先のいけばな展の前に
その中にあった大量の荷物を移動させました

3人がかりで
約10日 この移動作業で4kg
体重が落ちました

ダイエットには最適かも(真夏でした)

計算どおり大量の荷物(他人にはゴミですが私にはお宝)は
無事移動仮置できましたが
4部屋が足の踏み場はありません

必要不要の仕分けも簡単にしながら
さて埋蔵金でもと思ってましたが現金85円を発見したのみ

それでも不要の荷物やゴミ類(ご先祖様はいつか使うと思い
貯めていたのではありましょうが)
トラック数台分

解体業者のお兄さんたちは
ガテン系ですが気っ風の良い方たち

お兄さんツイデにここもやってくんない?
と車庫にも貯められた農機具類や備蓄の竹や木や畳や戸板
(かつてはよく働いてくれたもの)
や倉庫に仕舞いきれない上記同様のゴミ類まで(よくも貯めたもんだな)
気持ちよく片付けていただきました
ここだけでトラック3台分

必要な農機具と棚のみになると
こんなに広かったのかと驚愕

一日置きに撮影し
昔の姿を残しておいてます
画像はそのうちね

土蔵が欲しい人をあたりましたが
やはり皆無(おそらく移設で1000万円以上かかるかも)

しかし約9mの梁は二度と手に入らないモノ
花展会期中に お見えいただいたご夫婦(知人)
に話を持ちかけると是非 見たいと・・・

後日 見学され翌日には嫁入りが決まりました
本日が嫁入りです
姿は変えるでしょうが

使っていただけるだけ心から感謝です

ではまた

2016年9月20日火曜日

どうもゴキゲンを伺いながら
アップしてる状態です
突然 画像が載らなくなっちゃう病です

てなわけで(どんなわけや)

土曜日
所用で懐かしの博多へGO

高速から眺めた住んでた町ではお祭りでした



しか〜し
観光一切なし

お昼ご飯はまあまあそこそこ美味しゅう頂き

某会長の講演を聴き
(ギャラ高いんだろうな〜)

セミナーなんぞをウトウトしながら聴き

帰路へ

途中 下関にてふぐ三昧&飲み放題
でも時間が押して押して
こんなご馳走をかけこんだのは初めてばい
泊なら最高なのにね

この日の朝はなんと自宅までのお迎え付き

ここまで聞くとすんごい贅沢ですな

広島着 大雨で電車ストップタクシー無し
そこで帰りも送り届けていただく

帰ると午前様長い一日でしたな

車中であれほど寝ても
その日は爆睡してました

収穫はおなかに入ったご馳走です

 
総理も立ち寄る名店だとか

ひれ酒もグイグイ堪能しました
ガハハ

2016年9月13日火曜日

最高で〜〜〜す


遂に悲願のカープ優勝です
試合で勝っての胴上げでしたし
3000本?のビールの味も日本酒もこれ以上ないほど
堪能されたと想います
(賛否はあろうかと・・・思いますが)

よく植物にも酒を飲ませろってな噂もありますが
酒は自分が飲んだほうが良いかと
私は考えています

なんにせよ
これからは消化試合になるでしょうが
CSや日本シリーズを想定した内容で
消化するのが肝心ですな

年寄りジミタ解釈ですが

感動をありがとう
の気持ちは当分続きそうです

今年は2試合観戦のみ

嗚呼チケットが入手できない寂しさが募ります

2016年9月6日火曜日

投稿可能になったにもかかわらず

展示会期間中で
またまたご無沙汰いたしました

さ〜て画像が今回は掲載できまっせ



お陰様で 昨日無事
幽雅流いけばな展 が終了いたしました

前期 後期ともに
盛況でありましたこと ご来場下さいまして心より御礼申し上げます

メインのもみじと藤も
最終日まで元気にもちこたえてくれ
皆様をお迎えできました

水揚げには ある程度の自信はありましたが
ここまで美しく生きてくれたことには我ながら驚きです
会場内作品及び控えのすべての植物にも
感謝です

また隣接の萩焼俊英作家の作品も
多数販売に至ったようです
作家になりかわりまして
重ねて御礼申し上げます

取り急ぎ御礼まで